大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸家庭裁判所姫路支部 平成12年(家)167号 審判

申立人 X

相手方 Y

未成年者 A

主文

本件申立てを却下する。

理由

第1申立ての趣旨及び理由

1  申立人は、「相手方は申立人に対し、未成年者の養育費として月金四万円を支払え。」との審判を求めた。

2  その理由は、「申立人と相手方とは、未成年者の親権者を申立人と定めて平成5年に協議離婚し、以来今日まで申立人が未成年者を養育している。相手方は、離婚の際、申立人に対し、未成年者の養育費として毎月金4万円を送金すると約束しながら平成7年2月以降その支払を怠っており、そのため申立人は未成年者に対する十分な扶養義務の履行ができずにいるので、前記約束の履行を求める。」とするものである。

第2当該裁判所の認定した事実

家庭裁判所調査官による調査報告書その他一件記録によれば、以下の事実が認められる。

1  本件申立に至る経緯

(1)  申立人と相手方は、申立人の異性関係等を理由に不仲となり、平成5年10月28日、未成年者の親権者を申立人と定めて協議離婚した。

(2)  離婚に際し、未成年者の養育費として、相手方が申立人に対し毎月金4万円を支払うことが約束されたが、慰謝料や財産分与についての取決めはなかった。

(3)  相手方は、申立人の要請により、離婚直前に自宅のリフォーム代に充てる趣旨で金融機関から金300万円を借入れたが、そのうち金60万円がリフォーム代に充てられたのみで、残金240万円は申立人が離婚時に相手方に無断で転居資金として持ち出した。また、申立人は、離婚時に相手方の母に対し、お金を盗まれて困っており相手方に内緒で貸して欲しいと頼み、同情した同人から返さなくてもよいとの断り付きで金60万円を受け取った。

その後、この金300万円について申立人と相手方との間で紛争が生じたが、申立人は、うち金150万円は財産分与として取得する権利があると主張し、残金については、相手方に前記リフォーム代を除いた金90万円を返したことで決着済みであるとして、当初負担していた前記金融機関への返済をしなくなった。これに対して相手方は、母から受領した金60万円を含め申立人は金300万円を返すべきであるとし、また、前記金融機関への返済を申立人がすると言ったからこそ相手方は慰謝料を求めずに離婚に応じたと主張する。

(4)  相手方は、未成年者との面接交渉を申立人から拒否されたとして平成7年2月から養育費の支払いをしなくなった。

相手方は、その後前記金300万円に関する金融機関への返済を申立人がしなくなったために借入名義人である相手方に支払督促が来るようになったことや、婚姻中の固定資産税未払いの事実が離婚後発覚しその負担を余儀なくされたことなどから、養育費の請求には一切応じられないとする。

(5)  相手方は、最近未成年者と面接交渉をしておらず、申立人も未成年者の意思や相手方の再婚を理由にこれを拒否する態度に出ている。

(6)  申立人は、平成10年1月22日、C(昭和○年○月○日生。以下、「養父C」という。)と再婚し、同日未成年者は同人と養子縁組をした。

一方、相手方も、平成12年5月1日にD(昭和○年○月○日生)と再婚した。

2  申立人・養父C及び相手方の生活状況等

(1)  申立人及び養父C

〈1〉 収入(月額平均。1円以下切捨て、以下同様。)

申立人は、交通事故により左股関節後方脱臼・左股関節の著しい機能障害を残し5級の身体障害認定を受けており、働くことは困難であり、収入としては身体障害者手当が月に1000円あるのみである。

養父Cは、実弟の営む建設会社に勤務し、月35万2166円の収入を得ている。

〈2〉 養父Cの主な支出(月額平均)

固定資産税    月    6716円

地方税      月    9216円

社会保険料    月  2万9000円

住宅ローン    月 17万2206円

光熱費      月  2万5476円

教育費      月  3万5000円

生命保険金    月  1万3700円

このうち、住宅ローンは、平成9年10月に養父C名義で総額3400万円の住居(現居住。宅地127m2、延べ床面積102.68m2。木造カラーベスト葺2階建)を購入し、うち3000万円についてローンを組んだものである。なお、申立人は、同自宅新築の際、その費用のうち金50万円を相手方に無断で相手方名義の口座を利用して銀行から借入れており、その返済金が上記住宅ローンとは別に月1万円かかっている。

また、申立人及び養父Cは、その他に自動車ローン代金(月5万1600円)や損害保険料(月1万1720円)等を支出している旨を主張する(収支家計表)。

〈3〉 資産

養父C名義の現在居住地の土地・建物。

預貯金100万円程度。

(2)  相手方

〈1〉 収入(月額平均)

相手方は、○○運輸株式会社でトレーラートラックの運転手として働き賞与を含め月平均金54万3377円の収入を得ているほか、兵庫県加古川市○○町○○××番地の×所在の土地建物を所有し、これを賃貸して月額8万5000円の収入を得ている。

〈2〉 支出(月額平均)

固定資産税    月    6090円

地方税      月  1万7700円

所得税      月  2万8274円

健康保険料    月  2万1250円

厚生年金     月  4万3685円

雇用保険料    月    2168円

光熱費      月    6513円

住宅ローン    月 10万3476円

家賃・共益費   月  7万5000円

リフォームローン 月  2万2515円

生命保険料    月  2万4669円

〈3〉 資産

兵庫県加古川市○○町○○××番地の×の土地建物。

3  申立人らの未成年者を養育する経済的能力

以上認定の事実をもとに、申立人らの未成年者を養育する経済的能力について算定すると次のとおりになる。

なお、養子制度の本質からすれば、未成熟の養子に対する養親の扶養義務は親権者でない実親のそれに優先すると解すべきであるから、申立人の分担額を決めるに当たっては、養父Cの収入・支出等も考慮することとする。

(1)  基礎収入

〈1〉 申立人:金18万0234円

つまり、職業費として収入の15パーセント(5万2824円)を認めるのが相当であり、とすると、前記収入(申立人の身体障害者手当は少額であるので除外した。)から固定資産税・地方税・社会保険料・光熱費・教育費・生命保険料及び職業費を控除した金18万0234円が申立人の基礎収入となる。

なお、住宅ローンについては、平成10年の再婚後に新築したもので、申立人は同ローンが家計に及ぼす影響を十分理解しながら、養父Cの収入でこれを返済することが可能であるとの自己判断に基づき負担したものと言うべきであるから、これを特別経費として計上することは相当ではないと考える。

〈2〉 相手方:金18万2781円

つまり、職業費として収入の15パーセント(9万4256円)を認めるのが相当であり、とすると、前記収入から固定資産税・地方税・所得税・健康保険料・厚生年金・雇用保険料・光熱費・住宅ローン・家賃・共益費・リフォームローン・生命保険料を控除した金18万2781円が相手方の基礎収入となる。

(2)  申立人らの未成年者を養育する経済的能力

〈1〉 生活保護基準を用いて、未成年者を除いた世帯として申立人世帯の最低生活費を計算すると次の合計金11万1732円となる(2級地-2、VI区)。

第1類 申立人   3万4950円

世帯員   3万3400円

第2類 基準額   4万1920円

冬季加算額   1462円

〈2〉 次に、未成年者が申立人らと同居した場合の最低生活費を計算すると、金15万5055円となる。

第1類 申立人   3万4950円

世帯員   3万3400円

未成年者  3万8490円

第2類 基準額   4万6470円

冬季加算額   1745円

〈3〉 したがって、未成年者の最低生活費は金4万3323円となり、申立人らには未成年者の最低生活費を支払ってまだ余裕があるものと認められる(基礎収入-〈1〉=6万8502円≧4万3323円)。

第3判断

以上の認定事実によれば、申立人らは、住宅ローンがなければ未成年者に対し十分な扶養義務を履行できる状況にあるものと認められる。そして、既述のとおり、住宅ローンは平成10年の再婚後に組んだもので、申立人はこれが家計に及ぼす影響を十分理解しながら、養父Cの収入をもってすれば返済可能であるとの自己判断に基づき負担したものであって、その後の経済情勢の変化、養父Cの減収等によって見込が外れたからといって、これを相手方の負担に転嫁するのは相当でない。とすれば、相手方は養親及び親権者である申立人らに劣後する扶養義務を負担するに過ぎない以上、相手方には現時点で具体的な養育費の負担義務は発生していないと言わざるを得ない。

よって、本件申立ては理由がないものとして却下することとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 藤野美子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例